メンタリングで心理的安全性を高める 失敗・課題共有コミュニケーションの勘所
なぜメンタリングにおける安全な失敗・課題共有が重要なのか
企業におけるメンターシッププログラムの目的の一つは、メンティーの成長促進と組織への貢献です。この目的を達成するためには、メンティーが自身の現状や課題、そして時には「失敗」と感じている事柄について、率直にメンターと対話できる環境が必要不可欠です。しかし、現実には、メンティーが評価を恐れたり、メンターに失望されることを懸念したりして、本音を語れないケースも少なくありません。表面的な会話に終始し、メンタリングが形骸化してしまうことは、プログラム運営担当者様にとって大きな課題の一つと言えるでしょう。
メンティーが安心して失敗や課題を共有できる環境、すなわち「心理的安全性」が確保された関係性は、メンタリング効果を最大化する上で極めて重要です。安全な環境下での共有は、メンティーの深い内省を促し、自身の思考や行動パターンを客観的に見つめる機会を提供します。これにより、課題の根本原因に気づき、現実的な解決策や具体的な行動計画を立てることが可能になります。また、失敗から学びを得るプロセスを経験することは、メンティーのレジリエンス(困難から立ち直る力)を高め、将来の挑戦に対する恐れを軽減します。
この記事では、メンタリングにおいて、メンティーが失敗や課題を安心して共有し、そこから建設的な学びを得るための、メンターとメンティー間の効果的なコミュニケーションのあり方と、その具体的な手法、そしてプログラム運営側が講じるべき支援について解説します。
安全な共有を促すメンター側のコミュニケーションの基本
メンティーが心を開いて話せるかどうかは、多くの場合、メンターのコミュニケーションスキルと姿勢にかかっています。安全な共有を促すために、メンターが意識すべき基本的なポイントを以下に示します。
1. 心理的安全性の土台作り
- 初期段階での明確な合意形成: メンタリングの初回や初期段階で、会話の内容は非難の対象とはならないこと、そして守秘義務が徹底されることを明確に伝えます。これは、メンタリング契約や合意形成のプロセスで丁寧に行うべき重要なステップです。
- 評価的態度の排除: メンティーの話を「良い」「悪い」で判断するのではなく、まずは事実や感情を受け止める姿勢を示します。批判や否定的な反応は、メンティーの口を閉ざさせてしまいます。
- メンター自身のオープンさ: 適度な自己開示、特にメンター自身の経験における「うまくいかなかったこと」やそこから学んだことなどを共有することで、メンティーは「失敗は避けられないものであり、学びの機会である」と捉えやすくなり、自分だけではないという安心感を得られます。
2. 傾聴と共感
- アクティブリスニングの実践: メンティーの話に対し、相槌やうなずきを適度に入れ、表情や声のトーンにも注意を払います。話の内容を要約して伝え返したり、感情を汲み取る言葉を挟んだりすることで、「あなたの話を真剣に聞いています」というメッセージを送ります。
- 感情への寄り添い: メンティーが失敗や課題について話す際には、不安や落胆、自己否定といった感情が伴うことがあります。「それは大変でしたね」「つらい経験でしたね」など、メンティーの感情に寄り添う言葉をかけることで、安心感を与えます。
- 非言語コミュニケーションの活用: 落ち着いた表情、開かれた姿勢、適切なアイコンタクトなども、メンティーに安心感を与える上で重要な要素です。
3. 「失敗」「課題」に対する捉え方の共通認識
- 「学びの機会」としての視点: 失敗や課題を、個人の能力不足や責任としてではなく、「特定の状況下で生じた結果であり、そこから学びを得ることで成長に繋がる貴重な経験」として捉え直す視点を共有します。
- 問題解決志向の対話: 非難や後悔に終始するのではなく、「なぜそうなったのか」「次にどうすれば良いのか」「この経験から何を学べるか」といった未来志向・学習志向の対話へと導きます。
- ポジティブな言葉選び: 「失敗」という言葉がメンティーにとって重圧となる場合は、「うまくいかなかったこと」「難しかったこと」「期待通りにいかなかったこと」などの表現を用いることも有効です。
具体的なコミュニケーション手法の実践
基本的な姿勢に加え、具体的なコミュニケーションスキルを用いることで、より効果的に失敗や課題の共有と学びを促すことができます。
1. 問いかけの技術
メンターからの適切な問いかけは、メンティーの内省を深め、自ら気づきを得る手助けとなります。
- 状況把握を促す問い: 「その時、具体的にどのような状況だったのでしょうか?」「どのような行動をとりましたか?」
- 思考・感情の言語化を促す問い: 「その時、どのように感じましたか?」「何を考えていましたか?」「なぜそのように判断したのですか?」
- 原因分析を促す問い: 「その結果に繋がった要因は何だと思いますか?」「他に考えられる原因はありますか?」
- 学びと示唆を引き出す問い: 「この経験から、最も大切な学びは何でしたか?」「次に同じような状況になったら、どうしますか?」「この学びを、他のどのような場面に活かせそうですか?」
- 行動計画への繋がりを促す問い: 「その学びを踏まえて、次に具体的にどのような行動をとりますか?」「そのために、私(メンター)にできることはありますか?」
一方的なアドバイスではなく、メンティー自身に考えさせ、言語化させるオープンクエスチョンを中心に用いることが重要です。
2. フィードバックの方法
メンティーからの共有に対し、メンターが適切にフィードバックを返すことも、安全な環境を醸成し、学びを促進します。
- 承認と感謝: まず、正直に話してくれた勇気や、共有してくれたこと自体への感謝を伝えます。「話してくれてありがとうございます」「正直に話してくれたこと、素晴らしいと思います」
- 事実に基づいたフィードバック: メンティーの行動や状況について、客観的に観察可能な事実に基づいたフィードバックを行います。「〜という状況で、あなたは〜という行動をとられたのですね」
- 学びや成長への着目: 失敗や課題のネガティブな側面だけでなく、そこから得られた学びや、メンティーの成長の兆しに着目し、ポジティブなフィードバックを返します。「その経験から、あなたは〜について深く考える機会を得られたのですね」「困難な状況でも、〜しようとした姿勢は素晴らしいと思います」
- 建設的な示唆: 改善点について触れる場合も、人格を否定するのではなく、具体的な行動や考え方への示唆を投げかけます。「もし、あの時〜という視点があったら、結果は変わっていたかもしれませんね」「次に同じ状況になったら、〜という選択肢も考えられますね」
3. 「ストーリーテリング」の活用
失敗談や課題を単なる出来事としてではなく、感情や思考プロセスを含めた「ストーリー」として語ることは、内省を深め、メンターとの共感を促します。メンター自身が、過去の「学びになった失敗談」を、感情を交えて語ることも、メンティーにとって安心材料となり、「自分も話していいんだ」という気持ちを引き出します。重要なのは、失敗そのものを面白おかしく語るのではなく、そこに至る背景、直面した感情、そしてそこから「何を考え、何を学び、次にどう活かそうと思ったか」という学びのプロセスに焦点を当てることです。
プログラム運営側ができる支援
人材開発担当者として、メンターシッププログラムの設計と運営において、メンティーが安全に失敗や課題を共有できる文化を醸成するための支援を行うことも重要です。
- メンター研修での重点テーマ化: メンター向けの研修において、心理的安全性の概念、アクティブリスニング、効果的な問いかけ、非評価的フィードバックといったスキルを習得する時間と実践演習を設けます。特に、失敗や課題を「責める対象」ではなく「学びの源泉」として捉えるマインドセットの醸成に重点を置きます。
- ガイダンス資料での啓蒙: メンター、メンティー双方に向けたプログラムガイドラインやハンドブックにおいて、メンタリングにおける心理的安全性の重要性、守秘義務の徹底、そして失敗や課題を共有することの価値について明記します。
- 「学びの事例集」の共有(任意): 参加者の同意を得た上で、匿名化された「失敗から学びを得た事例」や「困難な課題に立ち向かったプロセス」などを共有する場や資料を提供することで、組織全体として「失敗は学びである」という文化を後押しします。
- 信頼性の担保: メンターや運営担当者が、メンタリングで共有された内容の守秘義務を厳守し、メンティーからの信頼を損なわないよう、継続的な啓蒙と管理を行います。
結論
メンターシッププログラムにおいて、メンティーが自身の失敗や課題を安心して共有できる環境は、その効果を左右する基盤となります。心理的安全性の高い関係性のもとで行われる対話は、メンティーの深い内省と主体的な成長を促し、ひいては組織全体の学習能力向上に貢献します。
メンターは、非評価的な姿勢で傾聴し、共感を示しながら、メンティーが自らの経験から学びを得られるよう、建設的な問いかけやフィードバックを行うスキルを磨くことが求められます。また、プログラム運営担当者は、メンター研修やガイダンス、文化醸成の側面から、この安全なコミュニケーションを促進する環境を整える責任を担います。
「失敗は成功のもと」という言葉がありますが、メンタリングの場においては、「失敗は学びのもと」であり、それを安心して語れる環境こそが、次世代を担う人材の確実な成長へと繋がるのです。本記事で紹介したポイントが、貴社のメンターシッププログラムにおける、より豊かで実りあるコミュニケーション実現の一助となれば幸いです。