内省と気づきを引き出すメンタリング問いかけの技術
はじめに:メンタリングにおける問いかけの重要性
メンターシッププログラムにおいて、メンティーの自律的な成長や課題解決能力の向上を促すことは重要な目的の一つです。一方的なアドバイスや指示だけでは、メンティーの主体性や内省を深める機会を奪いかねません。ここで鍵となるのが、効果的な「問いかけ」です。
問いかけは、メンティー自身の思考を促し、新たな視点や気づきを引き出し、内省を深める強力なツールとなります。人材開発担当者の皆様にとって、メンターがこの問いかけのスキルを習得することは、プログラムの効果を最大化し、メンティーのエンゲージメントを高める上で不可欠であると認識しています。
この記事では、メンタリングの現場でメンティーの内省と気づきを効果的に引き出すための問いかけ技術と、その実践における具体的なポイントについて解説します。
内省と気づきを促す問いかけの原則
効果的な問いかけにはいくつかの基本的な原則があります。これらは単に情報を聞き出すだけでなく、メンティーの深い思考や感情、価値観に触れることを目的としています。
- オープンクエスチョンを基本とする: 「はい」「いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンに対し、オープンクエスチョン(例: 「どのような」「どのように」「何が」「なぜ」「具体的に」「それについて詳しく教えてください」)は、メンティーが自由に思考を巡らせ、詳細を語ることを促します。
- 過去・現在・未来に焦点を当てる: 過去の経験や感情の棚卸し、現在の状況や課題の言語化、そして未来の目標や希望の明確化など、時間軸を意識した問いかけは内省の幅を広げます。
- 感情や価値観に触れる: 出来事に対するメンティーの感情や、行動の根底にある価値観を探る問いは、自己理解を深める上で重要です。
- 「なぜ」の問いかけに配慮する: 「なぜ」は原因追求に有効ですが、相手を責めているように聞こえる場合もあります。「何が」「どのような要因が」といった言葉に置き換えるなど、伝え方に配慮が必要です。
- 前提を問う問いかけ: 当たり前だと思っていることや、凝り固まった考えの前提を穏やかに問うことで、新たな視点や可能性に気づくことがあります。
実践:具体的な問いかけの例
メンタリングセッションの様々な場面で活用できる具体的な問いかけの例をいくつかご紹介します。これらの例はそのまま使うだけでなく、メンティーの状況に合わせて柔軟にアレンジすることが重要です。
1. 現状理解と課題特定を促す問い
- 現在の状況をどのように捉えていますか?
- 今、最もエネルギーを注いでいること、あるいは奪われていることは何ですか?
- この状況で、特に難しさや課題を感じている点は何でしょうか?
- その課題の、具体的な状況や背景について詳しく教えていただけますか?
- 理想的な状態と比べて、現状で足りていないものは何だと思いますか?
2. 原因と感情の探求を促す問い
- なぜ、そのように感じたのでしょうか? そう考えたきっかけは何ですか?
- その時、どのような感情が湧き起こりましたか? その感情に気づいたのは初めてですか?
- その課題が発生している、あるいはその状況になっている要因は複数考えられますか? それらは何でしょうか?
- 過去の似たような経験から、今回活かせそうなことはありますか?
3. 新たな視点と可能性を探る問い
- もし、〇〇さん(信頼できる第三者など)だったら、この状況をどう見ると思いますか?
- この状況を異なる角度から見ると、何か新しい発見はありますか?
- この制約が一つなくなるとしたら、何に挑戦してみたいですか?
- これまでの考え方とは違うアプローチを試みるとしたら、どのようなことが考えられますか?
- もし失敗を恐れる必要がないとしたら、何を試してみたいですか?
4. 行動計画と目標設定を促す問い
- この状況に対し、次にどのような行動を取ってみたいですか?
- その行動を取る上で、具体的にどのようなステップが必要でしょうか?
- 目標達成に向けて、まず最初の一歩は何になりますか?
- その行動を取ることで、どのような変化が起こることを期待しますか?
- その目標は、あなたにとってどのような意味を持ちますか? 達成するとどうなりますか?
5. 学びと成長の統合を促す問い
- この経験から、最も重要な学びは何でしたか?
- 今回得られた気づきを、今後どのように活かしていきたいですか?
- この経験を通して、自分自身についてどのような新しい発見がありましたか?
- メンタリングセッション全体を振り返り、何か特に心に残ったことや気づきはありますか?
問いかけを効果的にするための実践上のポイント
単に問いを投げかけるだけでなく、メンティーの深い内省と気づきを促すためには、以下の実践的なポイントも重要です。
- 傾聴と受容: 問いかけの答えをじっくりと、評価せずに聴く姿勢が不可欠です。メンティーが安心して話せる雰囲気を作り出すことが、正直な内省を引き出します。
- 沈黙を恐れない: メンティーが考え込んでいる時間は、内省を深めている大切な時間です。安易に口を挟まず、適切な沈黙を保つことで、メンティー自身の言葉で語ることを促せます。
- タイミングの見極め: 問いかける内容や深さは、メンティーの心理的な準備性や、メンター・メンティー間の信頼関係の度合いによって調整が必要です。無理に深い問いを投げかけることは避けましょう。
- メンティーの言葉を繰り返す/要約する: メンティーの言葉を繰り返したり、要約して伝え返したりすることで、「しっかり聴いてもらえている」という安心感を与え、さらなる内省を促すことができます。
- 共感を示す: メンティーの感情や経験に対し、共感的な態度を示すことで、よりオープンなコミュニケーションが可能になります。
- 問いかけの意図を明確にする: 必要に応じて、「〇〇さんにもっと深く考えていただくために、この点についてお伺いしたいのですが」のように、問いかけの意図を伝えることも有効です。
人材開発担当者への示唆:メンター研修への組み込み
メンターの問いかけスキル向上は、メンターシッププログラムの成功に直結します。人材開発担当者の皆様には、メンター研修において、これらの問いかけ技術の習得を重要な項目として組み込むことを推奨いたします。
具体的には、ロールプレイングやシミュレーション形式で、様々な状況における問いかけの練習を行う機会を提供すること、効果的な問いかけリストを共有すること、経験豊富なメンターによるデモンストレーションを行うことなどが考えられます。また、メンター同士が互いのセッションについてフィードバックし合う機会を設けることも、スキルの定着に役立ちます。
まとめ
メンタリングにおける効果的な問いかけは、メンティーが自己理解を深め、課題に対する自身の答えを見つけ、自律的な成長を遂げるための強力な支援となります。一方的な指導から、メンティーの内側にある可能性を引き出すファシリテーションへの転換こそが、現代のメンターに求められる重要な役割です。
人材開発担当者の皆様が、メンターの問いかけスキル向上を支援することで、メンターシッププログラムはより活性化し、メンティーの成長実感、ひいては組織全体のエンゲージメント向上に大きく貢献することと確信しております。本記事で紹介した問いかけの原則や具体的な例、実践のポイントが、貴社のメンターシッププログラム運営の一助となれば幸いです。