メンタリング中の認識ギャップを埋める コミュニケーションの具体的な手法
はじめに
企業におけるメンターシッププログラムは、従業員の成長促進や組織力の向上に不可欠な施策として広く導入されています。しかし、プログラムを運用する中で、「メンターとメンティーの間で話が噛み合わない」「期待していることと違うと感じているようだ」といった認識のギャップに直面することは少なくありません。このような認識のズレは、メンタリングの効果を低下させるだけでなく、参加者のモチベーションを損なう可能性も孕んでいます。
人材開発担当者の皆様は、こうした認識ギャップをどのように予防し、発生した場合にどのように対処すれば良いか、具体的な手法に関心をお持ちのことと存じます。本稿では、メンタリング中に生じやすい認識ギャップの原因を探り、それを早期に発見するためのヒント、そして具体的なコミュニケーションによる解消手法について解説いたします。これらの知見が、皆様のメンターシッププログラムの効果最大化の一助となれば幸いです。
認識ギャップが発生する主な原因
メンターとメンティーの間で認識ギャップが発生する原因は多岐にわたります。主な要因として、以下のような点が挙げられます。
- 目標や期待値の不明確さ: セッション開始前に、メンタリングの全体目標や各セッションでの具体的なゴール、お互いへの期待値が十分に共有・合意されていない場合、活動の方向性にズレが生じやすくなります。
- コミュニケーションの質の不足: 傾聴が不十分である、質問が曖昧である、一方的な話になりがちであるなど、コミュニケーションそのものの質が低いと、相手の真意を理解し損ねたり、誤解が生じたりします。
- 前提知識や経験の違い: メンターとメンティーでは、職務経験、業界知識、社内での立場などが異なります。この違いにより、ある事柄に対する前提となる理解や見解にズレが生じることがあります。
- 情報の非対称性: メンターはメンティーの状況を全て把握しているわけではなく、メンティーもメンターの経験や考え方を完全に理解しているわけではありません。情報伝達の漏れや歪みが認識ギャップを招くことがあります。
- 感情や非言語情報の見落とし: 言葉だけでなく、声のトーン、表情、態度などの非言語情報や、その背後にある感情を適切に読み取れない場合、表面的な会話では見えにくい認識のズレを見過ごす可能性があります。
- 定期的な振り返りや確認の不足: 進捗や成果について定期的に立ち止まって振り返り、認識の合致を確認する機会がないと、小さなズレが時間の経過とともに大きなギャップへと発展しやすくなります。
認識ギャップを早期に発見するためのヒント
認識ギャップは早期に発見し対処することが重要です。以下は、そのためのヒントです。
- 定期的なチェックインタイムを設ける: セッションの冒頭や終わりに「今日話したいこと」「今日のセッションで何を得たいか(メンティー)」「今日のポイント(メンター)」などを改めて確認する時間を入れることで、その場での期待値や関心のズレに気づきやすくなります。
- 「〜ということですね」と要約して確認する: 相手の話を聞いた後、自分の理解が合っているかを確認するために、相手の発言を要約して伝え、「私が理解したのは〜ということですが、合っていますか」と問いかける習慣をつけます。
- 感情のラベリングを試みる: 相手の言葉や非言語情報から推測される感情を言葉にし、「〜という状況で、少し不安を感じているように見えますが、いかがですか」のように、相手の感情に触れてみることで、本音や懸念を引き出しやすくなります。
- 「How」や「What」で具体的に質問する: 抽象的な話題になったときや、具体的な行動について話す際には、「具体的にはどのように進めるイメージですか」「その結果として、何を目指しますか」のように、具体的なイメージや期待を確認する質問を投げかけます。
- プログラム運営側による定期的なヒアリング: メンター、メンティーそれぞれに対し、セッションの進捗状況や満足度、懸念事項について定期的にヒアリングを実施します。第三者からの視点を入れることで、当事者だけでは気づきにくい認識のズレを発見できることがあります。
- セッション記録・報告の活用: メンターやメンティーにセッション内容の簡単な記録や報告を求める運用にしている場合、その内容から両者の間で話題の焦点や理解度に違いがないかを確認する手がかりを得られます。
認識ギャップ解消のための具体的なコミュニケーション手法
実際に認識ギャップが疑われる、または明らかになった場合に有効なコミュニケーション手法をご紹介します。
-
事実と解釈を分離する:
- 相手の発言や状況を「事実」として冷静に捉え、それに対する自身の「解釈」や「推測」と明確に区別して伝えます。
- 例: 「(事実)前回のセッションで『〜について考えてみます』とおっしゃいましたが、(解釈)その後の進捗について、私は少し遅れているのかなと感じています。私の理解は合っていますか。」
- これにより、推測に基づいた一方的な決めつけを避け、事実関係とそれぞれの見解を整理できます。
-
「ミラーリング」と「バックトラッキング」:
- ミラーリング: 相手の使ったキーワードやフレーズを繰り返すことで、相手に関心を持っていること、話を正確に理解しようとしていることを示します。「成長のスピード感が重要だと感じているのですね」「〜という課題があるのですね」。
- バックトラッキング: 相手の話した内容を要約し、自分の言葉で伝え返すことで、理解の確認と深化を図ります。「つまり、今の目標達成のためには、〜というスキル習得が必要だと考えているということですね」。
- これらのテクニックは、相手が安心して話せる雰囲気を作り出し、コミュニケーションの精度を高めます。
-
期待値の「再確認」と「再合意」:
- 特にプログラムの中盤以降で認識のズレが生じやすいテーマです。設定した目標や期待役割について、定期的に立ち止まって話し合います。
- 例: 「プログラム開始時に〜という目標を設定しましたが、現状の進捗や、この目標に対するお互いの期待に変化はありませんか。」「今後の数週間で、私はメンターとして〜のようなサポートをしたいと考えていますが、メンティーさんは私にどのようなことを期待しますか。すり合わせましょう。」
- 状況の変化に合わせて、目標や期待を柔軟に見直し、両者で納得のいく形に再合意することが重要です。
-
メタコミュニケーションの実践:
- コミュニケーションの内容そのものではなく、「コミュニケーションの仕方」や「話の進め方」について話し合います。
- 例: 「今日の話の中で、私が何か分かりにくい伝え方をしてしまいましたか」「このテーマについて話すとき、少しお互いの認識にズレがあるように感じるのですが、どうすればもっとスムーズに話せますか」「私はフィードバックは具体的に伝える方が良いと考えていますが、メンティーさんはどのようなフィードバックがより役立ちますか」。
- 率直にコミュニケーションの状況を共有することで、改善点が見えやすくなります。
-
第三者(プログラム運営担当者)の介入:
- 当事者間での解決が難しい場合や、深刻な認識のズレが継続する場合は、人材開発担当者などの第三者が介入することも有効です。
- 両者から個別にヒアリングを行い、それぞれの立場や認識を確認します。その上で、両者の間の情報伝達を調整したり、対話のファシリテーションを行ったりすることで、客観的な視点を提供し、冷静な話し合いを促すことができます。
- 介入のタイミングや方法は慎重に判断する必要がありますが、適切なサポートは関係性の維持と問題解決につながります。
プログラム運営者としての対応
これらのコミュニケーション手法を現場で活用してもらうためには、人材開発担当者として以下の点に配慮することが推奨されます。
- 研修コンテンツへの組み込み: メンター・メンティー研修において、認識ギャップのメカニズムや、上述した具体的なコミュニケーション手法(アクティブリスニング、要約、確認質問、メタコミュニケーションなど)を実践的に学ぶ機会を提供します。ロールプレイングなどを通じて体得してもらうことが効果的です。
- サポート体制の整備: メンター・メンティーが認識のズレに気づいた際に、誰に相談すれば良いか、どのようなサポートを受けられるかを明確にしておきます。気軽に相談できる窓口を設けることが重要です。
- チェックイン・アウトの推奨: 各セッションの冒頭と終わりに、簡単なチェックイン(今日の目的・気分)とチェックアウト(今日の学び・次の行動)を行うことを推奨するガイドラインを提供します。これにより、自然な形で認識の確認と合意形成を促せます。
まとめ
メンターシッププログラムにおけるメンターとメンティーの認識ギャップは避けられない課題の一つですが、その発生原因を理解し、適切なコミュニケーション手法を用いることで、多くの場合は解消または未然に防ぐことが可能です。本稿でご紹介した「事実と解釈の分離」「ミラーリング・バックトラッキング」「期待値の再確認と再合意」「メタコミュニケーション」といった具体的な手法は、日々のセッションにおいてすぐに実践できるものです。
人材開発担当者の皆様には、これらの知見をメンター・メンティー研修のコンテンツに反映させたり、プログラム運営におけるサポート体制の強化に活かしたりしていただくことをお勧めいたします。認識ギャップへの適切な対応は、メンター・メンティー双方のエンゲージメントを高め、プログラム全体の効果を最大化するために不可欠な要素です。貴社におけるメンターシッププログラムの更なる発展に向け、ぜひこれらの手法をご活用ください。