メンタリングで掴む定性的な成長 言語化・共有コミュニケーションの勘所
メンタリングにおける定性的な成長認識・言語化・共有コミュニケーションの重要性
企業におけるメンターシッププログラムは、新入社員のオンボーディング支援、若手社員の育成、次世代リーダー候補の輩出、社員エンゲージメント向上など、多岐にわたる目的で導入されています。人材開発担当者の皆様にとって、プログラムの効果を最大化し、その価値を組織に示すことは重要な課題の一つかと存じます。
プログラムの効果測定においては、昇進率や目標達成度といった定量的な指標もさることながら、メンティーの自信向上、視野の拡大、仕事への主体性、困難へのレジリエンス、内省力といった、数値化しにくい「定性的な成長」をいかに捉え、組織内で共有するかが、メンターシップの真価を理解し、その文化を醸成する上で極めて重要となります。
この記事では、メンタリングにおいてメンティーの定性的な成長を正確に認識し、共に言語化し、そして関係者間で効果的に共有するためのコミュニケーションの「勘所」について、具体的な手法を交えて解説いたします。
定性的な成長とは何か、なぜその認識・言語化・共有が重要なのか
定性的な成長とは、スキルや知識の習得に加え、メンティーの意識、マインドセット、価値観、行動様式、人間関係構築力など、内面や非技術的な側面の変化や成熟を指します。具体的には、以下のような要素が含まれます。
- 自己肯定感や自信の向上
- 新しいことへの挑戦意欲や主体性の向上
- 物事を多角的に捉える視野の拡大
- 困難や失敗からの学び、レジリエンスの強化
- 他者との協調性やコミュニケーション能力の向上
- 自己理解や内省力の深化
- キャリアに対する前向きな姿勢や目標設定力の向上
これらの定性的な成長は、メンティー本人が気づいていない場合も多く、メンターとの対話を通じて初めて明確になることがあります。
なぜ、この定性的な成長の認識・言語化・共有が重要なのでしょうか。
- メンティーの自己認識と成長の促進: 自身の定性的な変化を言葉にすることで、メンティーは自身の成長を具体的に認識し、自己肯定感を高めることができます。これはさらなる成長へのモチベーションに繋がります。
- メンターの貢献実感: メンティーの定性的な変化を間近で見守り、対話を通じてそれを確認することは、メンターにとって自身の貢献を実感する大きな機会となります。これはメンターのエンゲージメント維持に不可欠です。
- プログラム価値の可視化: 定性的な成長を具体例と共に共有することで、メンターシッププログラムが単なる研修やスキルアップの場ではなく、個人の内面的な成長やキャリア形成に貢献しているという、より深い価値を組織に示すことができます。これはプログラム継続や拡大の説得材料となります。
- 関係者間の共通理解: メンター、メンティー、そして人事・育成担当者がメンティーの成長について共通認識を持つことは、今後の育成方針やサポート体制を検討する上で非常に有益です。
定性的な成長を認識するためのコミュニケーション
定性的な成長は、数値のように明確に測れるものではありません。メンターは、メンティーとの日々の関わりの中で、注意深く観察し、意図的なコミュニケーションを通じてその兆候を捉える必要があります。
- 注意深い観察と傾聴: メンティーの話し方、表情、言葉遣い、態度、行動の変化など、非言語的な情報も含めて丁寧に観察します。話を聞く際には、内容だけでなく、その背景にある感情や考えにも耳を傾けます。
- 内省を促す質問: メンティー自身が自身の変化に気づき、言葉にする手助けをします。成果や具体的な出来事について話を聞く際に、「その時、あなたはどのように感じましたか」「以前のあなたなら、どのように反応していたと思いますか」「その経験を通じて、何か考え方や捉え方が変わったことはありますか」といった、内省を深める質問を投げかけます。
- 過去との比較を促す: 「メンタリングが始まる前と比べて、ご自身で変わったと感じる点はありますか」「〇〇について、半年前のあなたならどう考えていたと思いますか」など、具体的な時点と比較することで、変化を認識しやすくなります。
- 具体的なエピソードの掘り下げ: 抽象的な表現(例:「少し自信がつきました」)が出たら、「具体的にどのような場面で、そう感じましたか」「その時、あなたは具体的に何をしましたか」など、具体的なエピソードを掘り下げていきます。これにより、成長の根拠となる具体的な行動や思考の変化が明確になります。
定性的な成長を言語化するためのコミュニケーション
認識した定性的な成長を、メンターとメンティーが共に明確な言葉にするプロセスです。感情や感覚を抽象的なままにせず、具体的な言葉や概念と結びつける支援が重要です。
- 感情や感覚を表現する語彙の提供: メンティーが自分の内面をうまく言葉にできない場合、メンターは適切な語彙や表現の例を提示することが有効です。「それはもしかしたら、『責任感』が芽生えたということかもしれませんね」「新しい挑戦に対して、『ワクワクする気持ち』と同時に『少し不安』もある、といったところでしょうか」など、メンティーの言葉を引き出しつつ、より的確な表現を探る手助けをします。
- メタファーや例え話の活用: 複雑な感情や感覚を理解しやすくするために、メタファーや例え話を使うことも有効です。「以前は小さな波にも動揺していたのが、最近は大きな波がきても乗り越えられるようになった、といったイメージですか」のように、メンティーが自身の変化をイメージで捉え、言葉にする支援をします。
- 共同での言葉探し: メンターが一方的に決めつけるのではなく、「今のあなたの変化を表す言葉を、一緒に探してみましょうか」といった姿勢で、メンティーと共に最も腑に落ちる表現を探します。メンティー自身の言葉で語られることが、自己肯定感に繋がります。
- 記録の推奨と支援: メンタリングノートやジャーナルなどを活用し、セッション中の気づきや自身の変化を記録することをメンティーに推奨します。定期的にその記録を見返し、メンターとの対話の中で言葉にしていくプロセスをサポートします。
定性的な成長を共有するためのコミュニケーション
言語化された定性的な成長を、メンターとメンティー間で確認し、必要に応じて第三者と共有するプロセスです。
- メンター・メンティー間の合意形成: 言語化された成長について、メンターとメンティーの間で認識のずれがないかを確認します。「〇〇さん(メンティー)が、このメンタリングを通じて『主体性が向上した』と感じているのは、具体的に△△の仕事で、以前は指示を待っていたのが、最近は自分から積極的に提案するようになった点ですね。この理解で合っていますか」のように、具体例と共に確認し、共通認識を形成します。
- 具体的なエピソードを添える: 定性的な成長を他者に伝える際には、抽象的な言葉だけでなく、それを裏付ける具体的なエピソードを添えることが必須です。例えば、「自信がついた」という表現には、「以前はプレゼンを避けていたが、最近は自分から手を挙げ、聴衆の反応を見ながら柔軟に話せるようになった」といった具体的な行動の変化をセットで伝えます。
- STARメソッドの応用: 成果報告のフレームワークであるSTARメソッド(Situation, Task, Action, Result)を応用し、Resultの部分に定性的な変化を記述する形式も有効です。
- Situation(状況):どのような状況でしたか
- Task(課題・目標):どのような課題や目標がありましたか
- Action(行動):それに対してどのように行動しましたか
- Result(結果):その結果、どのような変化がありましたか(ここを定性的な変化に焦点を当てる) 例:「(S)新しいプロジェクトで、自分のアイデアに自信が持てず発言を躊躇していました。(T)チームに貢献したいという思いはありました。(A)メンターとの対話で、まず小さなアイデアから具体的に準備して話してみようと決め、実践しました。(R)最初の一歩を踏み出せたことで、自分の発言にも価値があると感じられるようになり、自信が少しずつ持てるようになりました。」
- 共有範囲と目的の明確化: 誰に、何のために共有するのか(例:人事担当者への進捗報告、上司へのフィードバック、メンタリングプログラムの効果報告資料など)を明確にし、共有する内容や表現を適切に調整します。メンティーのプライバシーに配慮し、本人の同意なしに個人的な内面の変化を勝手に共有することは厳禁です。共有前にメンティーと十分に話し合い、どこまで、どのように伝えるかを合意形成します。
人材開発担当者への示唆
人材開発担当者として、メンターシッププログラムにおける定性的な成長の重要性を参加者に伝え、それを促す仕組みを整えることが求められます。
- メンター研修での重点的な扱い: 定性的な成長を認識・言語化・共有するための傾聴、質問、フィードバック、内省支援といったコミュニケーションスキルを、メンター研修の重要なコンテンツとして組み込みます。具体的なロールプレイングやケーススタディを通じて、実践的なスキル習得を目指します。
- 記録・報告ツールの提供: メンタリングの記録フォーマットや、定性的な成長を記述するためのテンプレート(例:STARメソッド応用シート、定性的な変化を振り返るチェックリスト)を提供し、メンター・メンティーが自身の変化を言語化しやすくなるよう支援します。
- 共有の機会と仕組みづくり: 定期的なメンター・メンティー間の振り返りセッションを推奨するだけでなく、メンターミーティングなどで、メンティーの定性的な成長を共有する場を設けることも有効です(個人が特定されない形での共有方法を検討)。また、人事担当者や上司がプログラムの効果を把握できるよう、定性的な成長に関する報告書のフォーマットを整備することも考えられます。
- 心理的安全性の確保: メンティーが自身の内面や変化について安心して話せるよう、プログラム全体を通じて心理的安全性が確保された環境を構築するメッセージを発信し続けます。
結論
メンターシッププログラムの成果は、定量的な指標だけでは測りきれません。メンティーの定性的な成長こそが、プログラムの真の価値であり、持続的なキャリア発展や組織への貢献に繋がる基盤となります。
この定性的な成長を、メンターとメンティーが協力して注意深く認識し、具体的な言葉として言語化し、そして適切に関係者間で共有するコミュニケーションは、メンターシッププログラムを成功に導く上で不可欠な要素です。本記事でご紹介したコミュニケーションの「勘所」が、貴社のメンターシッププログラムの効果最大化の一助となれば幸いです。