メンタリングの効果を組織知に変えるコミュニケーションの勘所
メンタリングの効果を組織知に変えるコミュニケーションの勘所
企業におけるメンターシッププログラムは、メンティー個人の成長促進やキャリア形成支援に加えて、組織全体の活性化や知識共有の促進という側面も持ち合わせています。特に、メンタリングセッションを通じてメンティーやメンターが得た貴重な経験、知見、気づきを、単なる個人の学びとして留めるのではなく、組織全体の「組織知」として還元し、活用していくことは、プログラムの効果を最大化する上で非常に重要です。
本記事では、メンタリングによって生まれる個別成果を組織知へと転換するために、人材開発担当者の皆様がプログラム設計や運用において意識すべきコミュニケーションの「勘所」について解説いたします。
なぜメンタリング成果の組織還元が必要なのか
メンタリングの成果を組織に還元することには、いくつかの重要なメリットがあります。
- 組織学習の促進: 個人の成功・失敗事例や新しい視点が共有されることで、組織全体が学び、進化する文化が醸成されます。
- ナレッジマネジメントの推進: 暗黙知化されがちな経験やノウハウを形式知化し、必要な人がアクセスできる状態にすることで、組織全体の知的水準が向上します。
- プログラムの価値向上と可視化: メンタリングが個人だけでなく組織にもたらす具体的な貢献を明確にすることで、プログラムへの投資対効果を示しやすくなります。
- 従業員エンゲージメントの向上: 自身の学びが組織に貢献できる機会があると感じることは、参加者のモチベーション向上につながります。
これらのメリットを実現するためには、成果を組織へ「還元」するための意図的なコミュニケーション設計が不可欠となります。
組織知化のためのコミュニケーションの「勘所」
メンタリング成果を組織知に変えるためのコミュニケーションは、単にレポートを提出させることではありません。成果の「見える化」「共有」「対話」「応用促進」といったプロセスを意識した多角的なアプローチが必要です。
勘所1: 個人の学び・気づきの「見える化」(形式知化)を促す
メンタリングセッションで得られる学びの多くは、対話の中での「気づき」や「腹落ち」といった、言葉にしにくい「暗黙知」として存在します。これを組織で共有・活用するためには、まずは個人が自身の学びや気づきを言語化し、「見える化」(形式知化)するプロセスを支援する必要があります。
- セッション中の問いかけ: メンターはセッションの終盤などに、「今日の話で一番心に残ったことは何ですか」「この学びを明日からの業務にどう活かせそうですか」「今回のセッションで得たことで、他の誰かに伝えると役立ちそうな視点はありますか」といった問いかけを行い、メンティーの言語化を促します。
- 振り返りの仕組み: セッション後に、メンティーに簡易的な振り返りレポートや日報の提出を義務付けます。フォーマットには、「今日の学び・気づき」「具体的な行動目標」「困難だった点とそれをどう乗り越えたか」「組織全体に共有したい視点・アイデア」といった項目を含めると効果的です。これはメンティー自身の学びの定着にもつながります。
- ツールの活用: メンタリング管理システムや社内コミュニケーションツールを活用し、メンティーが気軽に学びや気づきを記録・共有できる仕組みを提供します。
勘所2: 成果を共有する「場」と「仕組み」を設計する
形式知化された個人の学びや気づきを、組織内で共有するための場や仕組みを意図的に設計します。
- 定期的な共有会・ワークショップ: メンティーやメンターが集まり、自身の学びや成功事例、課題解決のプロセスなどを発表・共有する場を設けます。一方的な発表だけでなく、参加者同士がディスカッションする時間を設けることで、より深い学びや新たな視点が生まれます。テーマを絞ったワークショップ形式(例: 特定のスキルに関する学び共有)も有効です。
- 社内ナレッジ共有ツール・プラットフォーム: 社内SNS、Qiitaのような技術ブログプラットフォーム、専用のナレッジベースシステムなどを活用し、形式知化された情報を蓄積・検索可能な状態にします。メンタリングの学び専用のハッシュタグを作成するなどの工夫も有効です。
- 運営担当者からの発信: メンタリングプログラムの運営担当者が、集約された学びや目覚ましい成果を匿名化して社内報やポータルサイトで紹介します。これは、他の従業員にメンタリングの効果を知らせると同時に、学びの共有文化を醸成します。
勘所3: 共有された知を「対話」を通じて深掘り・拡張する
単に情報を共有するだけでなく、共有された知見について対話することで、その理解を深めたり、他の知見と組み合わせたり、組織特有の文脈に落とし込んだりするプロセスが重要です。
- 質疑応答とディスカッション: 共有会での発表に対する質疑応答や、テーマに基づいたグループディスカッションを促進します。他の参加者からの異なる視点や経験を聞くことで、学びが多角的に捉えられます。
- 運営担当者やメンターのファシリテーション: 共有の場では、運営担当者や経験豊富なメンターがファシリテーターとなり、対話を活性化させます。問いかけによって隠れた背景を引き出したり、異なる意見をまとめたりすることで、議論を深めます。
- 部門横断での対話: 異なる部門やチームのメンバーがメンタリングの学びについて対話することで、組織全体としての共通理解を深めたり、新たな連携の可能性を見出したりします。
勘所4: 組織知を「実践」にどう応用するかを考える
共有され、深掘りされた知見が、実際の組織活動や個々の業務に活用されてこそ、「組織知」として価値を発揮します。
- 具体的なアクションへの落とし込み: 共有会や対話の場で、「この学びを自分の仕事にどう活かせるか」を参加者自身が考える時間を設けます。具体的な行動計画を立て、宣言する機会を提供することも有効です。
- 成功事例の追跡と共有: 共有された知見を業務に活かして成果を出した事例を追跡し、再度共有する仕組みを作ります。これは、他の従業員に「組織知を活用することのメリット」を具体的に示し、応用を促進します。
- メンター・メンティー間のフォローアップ: メンタリング期間終了後も、メンター・メンティーが緩やかにつながり、学びの実践状況について情報交換できる機会を提供することも検討します。
プログラム設計への応用
これらのコミュニケーションの勘所は、メンターシッププログラム全体の設計に組み込むことが重要です。
- オリエンテーション・研修: メンター・メンティー双方に、メンタリングの目的が個人の成長だけでなく組織知の創造・活用にもあることを明確に伝えます。成果の言語化や共有の重要性について研修で触れることも有効です。
- 進捗確認・面談: 運営担当者によるメンターやメンティーとの定期面談において、「メンタリングで得た学びで、組織に共有したいことはありますか」といった問いかけを加えます。
- 評価プロセス: プログラムの終了評価や参加者のフィードバック収集において、個人の成長実感だけでなく、「組織にどのような学びや気づきをもたらしたか」「共有可能な知見は生まれたか」といった視点を含めます。
まとめ
メンターシッププログラムの効果を単なる個人の成長に留めず、組織全体の力に変えるためには、意図的で効果的なコミュニケーション設計が不可欠です。メンティーやメンターが得た貴重な学びや経験を「見える化」し、多様な「場」と「仕組み」を通じて「共有」し、「対話」によって深め、「実践」への応用を促すプロセスを計画的に実行することで、貴社のメンターシッププログラムは、より戦略的な人材開発施策へと進化するでしょう。本記事でご紹介した勘所が、皆様のプログラム設計・運用の参考となれば幸いです。