メンタリングのミスマッチを防ぐ コミュニケーションによる予防と対応策
メンタリングにおけるミスマッチのリスクとコミュニケーションの重要性
企業が導入するメンターシッププログラムは、参加者の成長促進、組織文化の浸透、離職防止などに有効な手段として広く認識されています。しかし、メンターとメンティーの組み合わせ(マッチング)が適切でない場合、期待された効果が得られないだけでなく、関係性の悪化やプログラム全体の信頼性低下につながるリスクも伴います。
この「ミスマッチ」は、単に個人の性格の不一致だけでなく、期待する役割や目標のズレ、コミュニケーションスタイルや価値観の違いなど、様々な要因によって発生します。これらの要因の多くは、プログラム開始前および開始初期のコミュニケーションによって、ある程度予防したり、早期に兆候を捉えたりすることが可能です。
本稿では、メンタリングプログラムにおけるミスマッチの種類とその原因を整理し、コミュニケーションを通じてこれを未然に防ぐための予防策、そして万が一ミスマッチが発生してしまった場合の対応策について、人材開発担当者の皆様が実践できる具体的なアプローチを解説いたします。
メンタリングミスマッチの種類と発生原因
メンタリングにおけるミスマッチは、以下のような様々な形で現れます。
- 期待値のズレ: メンターは指導的な役割を期待しているが、メンティーは傾聴や共感を求めている、あるいはその逆など、互いの役割やプログラムに期待する内容に齟齬があるケースです。
- 目標設定の不一致: メンティーの成長目標が曖ターや組織の期待と乖離している、またはメンターがその目標設定プロセスに関与できていないケースです。
- コミュニケーションスタイルの相違: 片方が詳細な報告を好むのに対し、もう片方は大まかな状況把握で十分と考える、連絡頻度に関する考え方の違いなどが挙げられます。
- 価値観や考え方の違い: 仕事への取り組み方、キャリア観、倫理観など、根源的な価値観が大きく異なる場合、関係構築が難しくなることがあります。
- 専門性や経験の不一致: メンティーが求める知識や経験をメンターが十分に持ち合わせていない、あるいはメンターの経験がメンティーの置かれている状況と大きく異なるケースです。
- 時間的制約: 双方またはどちらか一方に、メンタリングに十分な時間を確保できない状況が続くケースです。
これらのミスマッチは、多くの場合、事前の情報収集不足や、プログラム開始初期における相互理解のためのコミュニケーション不足に起因します。
コミュニケーションによるミスマッチ予防策
ミスマッチを予防するためには、プログラム開始前から継続的に、意図的なコミュニケーション設計と運用を行うことが重要です。
1. マッチング前の情報収集と共有
- 詳細なプロフィールシートの活用: 氏名、所属、役職といった基本的な情報に加え、以下のような項目を含めることで、個人の興味関心、経験、メンタリングへの期待、コミュニケーションスタイルに関する情報を収集します。
- メンタリングに期待すること(具体的な目標や解決したい課題)
- これまでの経験や専門分野
- 学びたいこと、挑戦したいこと
- 好ましいコミュニケーションスタイル(頻度、手段、対面/オンラインの好みなど)
- 大切にしている価値観や働き方
- メンターまたはメンティーとして提供できること/期待すること
- 運営側による情報分析と仮マッチング: 収集した情報を基に、システム活用や担当者の知見を活かし、相性の良さそうな組み合わせを仮選定します。この際、単にスキルや経験だけでなく、期待値やコミュニケーションスタイルといった定性的な情報も考慮することが重要です。
- 候補者への情報開示と意思確認: 仮選定したメンター・メンティー候補に対し、相手のプロフィールや期待する役割に関する情報を十分に開示し、その組み合わせでメンタリングを進めることに対する双方の意思確認を行います。この段階で疑問点や懸念があれば、運営側が仲介して情報提供や調整を行うことで、初期段階での認識のズレを防ぎます。
2. プログラム開始時のオリエンテーションとキックオフ
- プログラム目的・ゴールの明確な伝達: メンタリングプログラム全体の目的、メンターとメンティーに期待される役割、プログラムの期間や基本的な流れ、運営側のサポート体制などを、オリエンテーションで丁寧に説明します。これにより、参加者全体の期待値を揃えることができます。
- 効果的なコミュニケーション手法の紹介: 傾聴、質問、フィードバックといった基本的なコミュニケーションスキルだけでなく、期待値調整の方法、アジェンダ設定の重要性、議事録の活用など、メンタリングで役立つ具体的なコミュニケーション手法について、研修や資料提供を行います。
- キックオフミーティングの推奨と支援: メンターとメンティーが初めて顔を合わせるキックオフミーティングは、その後の関係性を築く上で非常に重要です。この場で、以下の点を話し合うよう推奨・支援します。
- 自己紹介: 改めてお互いの自己紹介を行い、人となりを知る機会とします。
- メンタリングへの期待の共有: プログラムに何を期待しているか、改めて具体的な言葉で伝え合います。
- 目標設定のすり合わせ: メンティーの成長目標について、メンターが理解・共感し、必要に応じてアドバイスを行います。共通認識を持つことが重要です。
- グランドルールの設定: ミーティングの頻度、1回あたりの時間、連絡手段、アジェンダの決め方、守秘義務の範囲など、具体的なルールを両者で合意形成します。これにより、コミュニケーション頻度やスタイルのミスマッチを予防します。
- 相性の確認(任意): キックオフ後、必要であれば運営側に相性に関する懸念を伝えられる仕組みを用意しておくことも有効です。
3. プログラム進行中の定期的なチェックインとフォロー
- 運営側からの定期的な状況確認: プログラム期間中、運営側から定期的にメンター・メンティー双方に連絡を取り、メンタリングの進捗状況や困り事がないかを確認します。アンケートや個別の短い面談などが考えられます。
- 相談窓口の設置: メンタリングに関する悩みやミスマッチの兆候を感じた際に、気軽に運営側に相談できる窓口を設けていることを周知します。
- 追加研修や情報提供: メンタリングの進捗に合わせて、目標の見直し方、難しい状況でのコミュニケーション方法などに関する追加の情報提供や研修機会を設けることも、関係性の維持・発展に繋がります。
ミスマッチ発生時のコミュニケーションによる対応策
上記の予防策を講じても、残念ながらミスマッチが発生してしまうこともあります。その場合、いかに早期に兆候を捉え、コミュニケーションを通じて適切に対応するかが重要です。
1. ミスマッチの兆候を捉えるコミュニケーション
- 参加者からのサインを見逃さない: メンタリングの報告書(任意提出の場合も)、アンケートのフリーコメント、運営担当者への何気ない相談などから、関係性の停滞や不満の兆候を早期に察知します。
- 運営側からの具体的なヒアリング: 兆候が見られる場合や定期チェックインの際に、「メンタリングの頻度は予定通りか」「アジェンダはどのように決めているか」「最近のセッションで印象に残っていることは何か」「困っていることはないか」など、具体的な質問をすることで、コミュニケーションの質や関係性の実態を把握しようと努めます。
2. 当事者間のコミュニケーション改善支援
- 原因の特定と共有: 運営側が双方からヒアリングを行い、ミスマッチの原因がどこにあるのかを客観的に分析し、当事者にフィードバックします。単に「合わない」という感情論に留まらず、期待値のズレ、コミュニケーション方法の違いなど、具体的な要因を言語化することが重要です。
- 対話機会の仲介: 必要であれば、運営担当者が同席するなどして、メンターとメンティーが直接、お互いの状況や希望について冷静に話し合える場を設けます。この際、感情的にならず、具体的な事実や行動に焦点を当てて対話が進むようサポートします。
- コミュニケーションスキルの再確認・助言: ヒアリングや対話を通じて明らかになったコミュニケーションの課題に対し、傾聴やフィードバックの重要性、アサーティブな伝え方などについて、改めて情報提供や具体的な助言を行います。
3. 関係性の再構築またはリマッチングの検討
- 改善策の合意形成: 原因特定と対話を経て、関係性を維持するためにどのような改善が必要か、具体的な行動計画について双方で合意形成できるよう支援します。ミーティング頻度の変更、アジェンダ設定方法の見直し、特定のテーマに絞った話し合いなどが考えられます。
- リマッチングの判断: コミュニケーションによる改善が難しいと判断される場合や、双方またはどちらか一方からリマッチングの希望がある場合は、速やかに再マッチングのプロセスを検討します。リマッチングは参加者にとってデリケートな問題であるため、丁寧な説明と本人の意思確認を徹底します。
- 円滑な移行支援: リマッチングとなった場合、元の関係性を解消するプロセス、新しい相手とのマッチング、そして新たなメンタリング関係をスムーズに開始できるよう、運営側が全面的にサポートします。
まとめ
メンタリングプログラムの成功は、適切なマッチングに大きく左右されます。そして、そのマッチングの質を高め、万が一のミスマッチに適切に対応するためには、コミュニケーションが極めて重要な鍵となります。
プログラム開始前の情報収集、開始時の丁寧なオリエンテーションとキックオフでの相互理解促進、そしてプログラム進行中の定期的な状況確認と相談体制の整備は、ミスマッチを予防するための必須のコミュニケーション施策です。
また、ミスマッチの兆候を早期に捉え、当事者間の対話を支援し、必要に応じて関係性の再構築やリマッチングを柔軟に検討・実行する体制も不可欠です。これら一連のプロセスにおいて、運営側が主体的に関与し、コミュニケーションを円滑にするための環境整備とサポートを提供することが、プログラム全体の効果を最大化するために不可欠であると言えるでしょう。
貴社のメンターシッププログラムにおいて、コミュニケーションの力を最大限に活用し、ミスマッチを乗り越え、参加者双方にとって実りある体験を提供されることを願っております。