メンタリングを通じたメンティーのセルフメンタリング能力開発 コミュニケーション実践のポイント
人材開発担当者の皆様におかれましては、メンターシッププログラムの効果を最大化し、変化の激しい現代において自律的に学び、成長できる人材を育成することに日々注力されていることと存じます。メンターの存在はメンティーの成長を加速させますが、メンターからのインプットに依存しすぎる状態は、長期的な自律性育成の観点からは望ましくありません。
本記事では、メンタリングのプロセスを通じて、メンティーがメンターから離れた後も自ら課題を設定し、内省し、解決策を考え、行動し、評価する能力、すなわち「セルフメンタリング」の能力を開発するための、具体的なコミュニケーション実践ポイントを解説いたします。この視点を取り入れることで、メンターシッププログラムは単なる知識・経験伝承の場を超え、メンティーの生涯にわたる成長を支える基盤を築く機会となり得ます。
セルフメンタリング能力とは
セルフメンタリング能力とは、文字通り「自己自身をメンターとする」能力です。具体的には、以下のような要素を含みます。
- 自己認識力: 自身の強み・弱み、価値観、興味関心、現在の状態を客観的に把握する力
- 課題設定力: 現状と理想のギャップを認識し、具体的な成長課題や目標を自ら設定する力
- 内省力: 自身の思考、感情、行動、経験を深く振り返り、そこから学びを得る力
- 情報収集・活用力: 目標達成や課題解決に必要な情報やリソースを自ら探し、活用する力
- 計画・実行力: 設定した目標に向けた計画を立て、実行に移す力
- 自己評価力: 自身の取り組みや結果を客観的に評価し、改善点を見出す力
これらの能力は、メンターのサポートなしに、個人が継続的に成長していく上で不可欠な要素です。
なぜメンタリングでセルフメンタリングを促す必要があるか
メンターシッププログラムは、メンティーにとって貴重な成長機会です。しかし、プログラム期間が終了したり、メンターとの関係が変化したりした場合、メンティーがメンターのサポートなしに成長の歩みを止めてしまうリスクも存在します。
セルフメンタリング能力の開発をメンタリングの目標に含めることで、以下の効果が期待できます。
- メンティーの自律性の向上: メンター依存から脱却し、自らの力で成長を推進できるようになります。
- 変化への対応力強化: 未知の課題や環境変化に対しても、自ら考え、学び、乗り越える力が育まれます。
- 長期的な成長の促進: プログラム期間にとらわれず、生涯にわたって学習し続ける姿勢が身につきます。
- メンター資源の有効活用: メンターは「答えを教える」役割から、「メンティーが自分で答えを見つけるのを支援する」役割へとシフトし、より本質的な関わりが可能になります。
セルフメンタリング能力を育むためのコミュニケーション実践ポイント
メンターがメンティーのセルフメンタリング能力を引き出すためには、従来の「教える」「アドバイスする」といった一方的なコミュニケーションではなく、「問いかける」「引き出す」「共に考える」といった双方向的かつ内省を促すコミュニケーションが鍵となります。
以下に、具体的な実践ポイントを挙げます。
1. 目標設定フェーズでの問いかけと内省促進
メンタリングの初期段階で、メンティーが自身の目標を設定する際に、メンターは単に目標の明確化を手伝うだけでなく、その目標がメンティー自身の心から湧き上がったものであるか、内省を促す問いかけを行います。
- 「あなたは将来どのような自分になっていたいですか」
- 「なぜその目標を達成したいと感じるのですか、その背景にある想いは何ですか」
- 「その目標達成に向けて、現在の自分に足りないと感じる能力や経験は何ですか」
- 「目標設定のプロセスを通じて、ご自身の価値観や優先順位について新たに気づいたことはありますか」
メンティー自身が深く考え、目標の意義を腑に落とすプロセスを支援することで、目標達成に向けた主体性と内発的動機づけを高めます。
2. セッション中の内省とメタ認知の促進
各セッションの中で、メンターはメンティーの思考や感情、行動の背景にあるものを引き出し、内省を深めるコミュニケーションを心がけます。
- 出来事や経験について尋ねる際、「何が起きましたか」だけでなく、「その時どう感じましたか」「なぜそう感じたのだと思いますか」と感情や思考の動きに焦点を当てます。
- 何か行動を選択した理由について、「なぜその方法を選びましたか」「他の選択肢は考えましたか」と問い、思考プロセスを振り返らせます。
- 課題に直面しているメンティーには、「この状況からどのようなことを学べると考えますか」「次に同じような状況になったら、どのようにアプローチを変えてみますか」と、学びの抽出と将来への応用を促します。
- 自身の学習プロセス自体について、「あなたはどのような時に最もよく学びますか」「どのようにすれば、より効率的に学ぶことができると思いますか」と問い、自身の学習スタイルをメタ認知させます。
3. 課題解決の「考え方」を共に探求する
メンティーが課題や問題に直面した際、メンターはすぐに解決策を与えるのではなく、メンティー自身が解決策を考えるプロセスを支援します。
- 「この課題に対して、あなたはどのように考えますか」「これまでにどのようなアプローチを試みましたか」と、メンティー自身の考えや試みをまず引き出します。
- 「この課題を解決するために、他にどのような情報やリソースが必要だと思いますか」と、情報収集の必要性に気づかせます。
- 「いくつかの解決策が考えられるとしたら、それぞれのメリットとデメリットは何だと考えますか」「何を基準に判断するのが良いでしょうか」と、批判的思考や意思決定プロセスをサポートします。
- 即座に正解にたどり着けなくても、試行錯誤のプロセスそのものを肯定し、「その試みから何を学べたか」に焦点を当てたフィードバックを行います。
4. フィードバックと自己評価の統合
メンターからのフィードバックは、メンティーの成長にとって重要ですが、同時にメンティー自身が自己評価を行う機会を提供することも重要です。
- メンターからのフィードバックは、客観的な事実や観察に基づき、「〇〇の行動により、このような結果が見られました」のように具体的に伝えます。
- フィードバックの後、「今の私のフィードバックについて、どのように感じましたか」「このフィードバックを受けて、今後どのようなことを意識してみたいですか」と、メンティー自身の受け止めや内省を引き出します。
- メンティー自身に「今回のメンタリング期間での自身の成長について、どのように自己評価しますか」「具体的にどのような点で成長を感じますか、あるいは課題が残っていると感じますか」と問いかけます。
- メンターの評価とメンティーの自己評価の間で認識のずれがある場合は、そのずれについて共に探求し、より深い自己理解や状況理解へと繋げます。
5. メンター以外のリソース活用を奨励する
セルフメンタリング能力には、必要な情報やサポートを自ら探し出す力も含まれます。メンターは、メンティーがメンターという一人の人間に依存するのではなく、様々なリソースを活用することを奨励します。
- メンティーの課題や興味関心に関連する書籍、記事、オンラインコース、セミナーなどを紹介します。
- 社内の他の専門家や、メンティーの目標達成に役立つ経験を持つ人物とのネットワーキングを提案します。
- メンティーが利用できる社内制度(研修、eラーニング、キャリア相談窓口など)について情報提供し、活用を促します。
- 「もし私に聞けないとしたら、この情報をどこで探しますか」のような問いかけを通じて、メンティー自身に情報収集の糸口を考えさせます。
実践上の注意点
セルフメンタリング能力の開発は一朝一夕に成るものではありません。メンターには、根気強く、メンティーのペースに合わせた関わりが求められます。すぐにメンティーが自律的な答えを出せなくても焦らず、問い続けること、共に考える姿勢を示すことが重要です。また、メンター自身がセルフメンタリングの重要性を理解し、自身の経験を通じてその価値を伝えられると、より効果的です。
まとめ
メンターシッププログラムにおいて、メンティーのセルフメンタリング能力開発を意識したコミュニケーションは、単に短期的な課題解決やスキル習得を支援するだけでなく、メンティーが生涯にわたって自身のキャリアと人生を主体的に切り拓いていくための基盤を築きます。
人材開発担当者の皆様におかれましては、メンター研修においてこれらのコミュニケーション手法を取り入れたり、メンター・メンティー間の目標設定の際にセルフメンタリング能力開発の視点を盛り込むことを検討されたりすることで、プログラムの長期的な価値を一層高めることができるでしょう。メンタリングを通じて育まれた自律的な学びの姿勢は、組織全体の持続的な成長にも貢献することと確信しております。