メンタリングでメンティーの主体性を引き出す問いかけと傾聴の技術
はじめに
現代の企業におけるメンターシッププログラムは、単なる知識やスキルの伝達に留まらず、メンティー自身の自律的な成長と主体性の育成を目指す方向に進化しています。メンターが一方的に教えるのではなく、メンティーが自ら考え、気づきを得て、行動を選択するプロセスを支援することが、プログラム効果を最大化する鍵となります。
このプロセスにおいて、メンターのコミュニケーションスキル、特に「問いかけ」と「傾聴」は極めて重要な役割を果たします。これらのスキルを効果的に用いることで、メンティーの内発的な動機を引き出し、主体的な取り組みを促すことが可能となります。
本記事では、メンターがメンティーの主体性を引き出すために活用できる、具体的かつ実践的な問いかけと傾聴の技術に焦点を当てて解説いたします。人材開発担当者の皆様が、メンター研修コンテンツの企画や、メンター・メンティーへの実践的なアドバイスを行う際の一助となれば幸いです。
メンティーの主体性を引き出す「問いかけ」の技術
メンターによる効果的な問いかけは、メンティーに思考を促し、新たな視点をもたらし、自らの力で解決策を見出す助けとなります。単に情報を得るためだけでなく、メンティーの気づきと行動変容を引き出すための問いかけの技術を探ります。
1. 開かれた質問(オープン・クエスチョン)の活用
「はい」か「いいえ」で答えられる閉じた質問(クローズド・クエスチョン)に対し、開かれた質問はメンティーに自由に考え、言葉にする機会を与えます。「何が」「どのように」「なぜ」「どのような」といった言葉で始まる質問は、メンティーの内省を深めるのに有効です。
- 例:
- 「その課題に対して、あなたは具体的にどのような対策が考えられると思いますか」
- 「今回の経験から、何を学びましたか」
- 「今後、どのように状況を改善していきたいですか」
2. 深掘りする質問
メンティーの発言の背景や詳細を掘り下げることで、課題の核心や隠れた感情、信念を引き出します。
- 例:
- 「もう少し詳しく教えていただけますか」
- 「それはあなたにとって、具体的にどのような意味を持ちますか」
- 「そう感じるのはなぜだと思いますか」
3. 未来志向・行動志向の質問
過去や現状の分析だけでなく、未来に目を向け、具体的な行動計画に繋げるための質問です。メンティーに解決策や目標達成に向けた具体的なステップを考えさせます。
- 例:
- 「目標達成のために、次にどのような一歩を踏み出せますか」
- 「理想の状態にするためには、何から着手するのが良いでしょうか」
- 「そのために、誰に協力を仰ぐことができますか」
4. ポジティブな視点を促す質問
課題や失敗に対して、そこから何を学べるか、どのような強みを活かせるかなど、前向きな視点やリソースに焦点を当てる質問です。
- 例:
- 「今回の経験で、最も学んだことは何ですか」
- 「その状況を乗り越えるために、あなたのどのような強みが活かせそうですか」
- 「もし最もうまくいったとしたら、それはどのような状態でしょうか」
メンティーの主体性を引き出す「傾聴」の技術
メンターの傾聴は、メンティーに「話しても大丈夫だ」「受け入れられている」という安心感を与え、自己開示を促します。単に耳を傾けるだけでなく、メンティーの言葉の裏にある意図や感情、そして沈黙にさえも耳を澄ませる「アクティブリスニング」の実践が重要です。
1. アクティブリスニング(積極的傾聴)の実践
- 相槌と反応: 適切なタイミングで頷き、相槌を打つことで、聞いていることを示します。「なるほど」「ええ」「それでどうなりましたか」など。
- 繰り返しと要約: メンティーの発言内容を繰り返し(ミラーリング)たり、要約して返したりすることで、理解の確認と共感を示します。「つまり、〜ということですね」「〜という状況で、あなたは〜と感じられたのですね」。
- 言い換え(パラフレーズ): メンティーの言葉を別の表現で言い換えることで、自分の理解が合っているかを確認し、メンティーに自分の考えを客観的に聞く機会を提供します。「それは、あなたが〜という点を特に重視している、ということでしょうか」。
2. 感情の傾聴
言葉だけでなく、メンティーの声のトーン、表情、話し方から感情を察し、それに寄り添う姿勢を示すことが重要です。「〜と感じていらっしゃるのですね」「それは大変でしたね」といった共感の言葉は、信頼関係を深めます。
3. 沈黙の活用
メンティーが考え込んでいる時や感情を整理している時には、無理に話しを促さず、意図的な沈黙を保つことも重要な傾聴の一部です。メンティー自身が内省し、答えを見つけるための時間を与えます。
4. 非言語コミュニケーション
アイコンタクト、開かれた姿勢、リラックスした表情など、非言語的なサインはメンターの受容的な態度を示し、メンティーが安心して話せる雰囲気を作り出します。
実践上の留意点と成功のポイント
問いかけと傾聴の技術を効果的に活用するためには、いくつかの留意点があります。
- 安心・安全な場の確保: メンティーが失敗や懸念を正直に話せるよう、非難されない、評価されないという心理的安全性を確保することが大前提です。
- 答えを教えすぎない: メンターはアドバイザーではなく、あくまでメンティーの成長を支援する伴走者です。安易に答えを与えず、メンティー自身が考え抜くプロセスを支えてください。
- メンティーのペースに合わせる: メンティーの準備ができていない内容を無理に深掘りしたり、一度に多くの問いかけをしたりすることは避けるべきです。
- フィードバックと組み合わせる: 問いかけや傾聴を通じて引き出したメンティーの気づきや考えに対し、適切なタイミングでメンター自身の経験や視点に基づいたフィードバックを添えることで、より深い学びにつながります。
まとめ
メンターシッププログラムにおいて、メンティーの主体性を引き出すことは、その効果を大きく左右します。そのためには、メンターが一方的に教えるのではなく、メンティーが自ら考え、気づき、行動するためのサポートが必要です。
本記事で紹介した問いかけと傾聴の技術は、メンティーの内発的な成長を促すための強力なツールとなります。開かれた質問で思考を促し、アクティブリスニングで安心感と共感を伝えることで、メンティーは自らの課題に主体的に向き合い、解決策を見出し、成長への道を切り拓いていくことができるでしょう。
人材開発担当者の皆様におかれましても、これらの技術をメンター研修の重要な要素として組み込み、メンターの皆様がメンティーとの対話を通じて、彼らの可能性を最大限に引き出すことができるよう支援していくことが期待されます。効果的なコミュニケーションは、メンターシップの成功、そして組織全体の活性化に不可欠な要素と言えるでしょう。