メンタリング学びの実践促進 コミュニケーションの勘所
メンタリングにおける学びの実践を阻む要因
メンタリングプログラムの効果は、メンターとメンティーのセッション中の対話だけでなく、そこで得られた学びや気づきが、メンティーの実際の職場での行動や成果にどれだけ結びついているかによって大きく左右されます。しかしながら、熱心な対話が行われても、その学びが日常の業務に活かされず、行動変容に繋がりにくいといった課題に直面するケースも少なくありません。
学びが実践に繋がりにくい要因としては、以下のような点が考えられます。
- 具体性の不足: セッションでの学びが抽象的な概念に留まり、具体的な行動レベルに落とし込めていない
- 時間・環境の制約: 実践するための業務上の時間的余裕がない、あるいは現在の職務環境が新しい行動を試すことを許容しない
- 実践方法の不明確さ: 学びを行動に移すための具体的なステップや方法が分からない
- モチベーションの維持困難: セッション外での実践意欲が続かない、あるいは実践の成果がすぐに見えないことによる意欲低下
- 障壁への対処不足: 実践中に直面した困難や失敗への対処法が分からず、そこで立ち止まってしまう
これらの課題を克服し、メンタリングでの学びを職場での実践に確実に繋げるためには、セッション中のコミュニケーションに加え、セッション外でのフォローアップを含む継続的なコミュニケーションが極めて重要になります。
実践促進のためのコミュニケーションの基本姿勢
学びの実践を促すコミュニケーションにおいて、メンターに求められる基本姿勢は、単なる指示やアドバイスではなく、メンティーが自ら考え、行動し、振り返るプロセスを伴走し、サポートすることです。一方的な「〜しなさい」ではなく、「〜について、どう考えていますか?」「具体的にどのような行動が考えられますか?」「それを実行するために、何から始められそうですか?」といった問いかけを通じて、メンティーの内発的な動機と主体性を引き出すことが鍵となります。
また、実践は常に成功するとは限りません。失敗や困難に直面した際に、非難するのではなく、学びとして捉え、次に繋げるための建設的な対話を行う心理的安全性を提供することも不可欠です。
学びの実践を促す具体的なコミュニケーションステップ
メンタリングにおける学びの実践促進は、セッション中の対話とセッション間のフォローアップを連携させることで効果が高まります。具体的なコミュニケーションのステップとそれぞれの勘所を以下に示します。
1. 目標設定段階における「実践可能な目標」のすり合わせ
最初の目標設定段階で、メンティーの成長目標が抽象的ではなく、具体的な行動目標として設定されているかを確認します。
- コミュニケーションの勘所:
- 「どのような状態を目指しますか?」に加え、「そのために、具体的にどのような行動を取る必要がありますか?」と問いかける。
- 行動目標が、測定可能(Measurable)、達成可能(Achievable)、関連性がある(Relevant)、期限が明確(Time-bound)であるか(SMART原則などを参考に)、メンティーと共に検討する。
- 目標達成に向けた小さな一歩となる具体的な行動を特定し、合意形成を図る。「最初の1週間で、具体的に何に取り組みますか?」
2. セッション中における「学びの具体化と行動への接続」
セッションでの対話を通じて得られた学びや気づきを、どのように職場での具体的な行動に繋げるかを話し合います。
- コミュニケーションの勘所:
- 「今日の話で、最も心に残ったこと、新しく気づいたことは何ですか?」と内省を促す。
- 「その気づきを、明日からの仕事でどのように活かせそうですか?」と具体的な接続を問いかける。
- 想定される具体的な行動について、「それを実行するために、どのような準備が必要ですか?」「いつ、どのような状況で試せますか?」と詳細を詰める。
- 行動に移す上での障壁となりそうなことを予測し、「もし〇〇という問題が起きたら、どう対処できそうですか?」と対策を事前に話し合う。
3. セッション間における「実践のフォローアップと障壁への対処」
次回のセッションまでの間に、メンティーが特定した行動を実行できるよう、必要に応じてフォローアップのコミュニケーションを行います。
- コミュニケーションの勘所:
- 短いメッセージやメールなどで、実践の進捗を尋ねる。「先週話した〇〇の取り組み、いかがですか?」
- 進捗があった場合は具体的に褒め、成功体験を言語化させる。「〇〇がうまくいったのですね。具体的にどのような点に工夫がありましたか?」
- 実践が滞っている場合は、非難せず、原因を共に探る。「〇〇に取り組むのが難しかったとのことですが、何か障壁がありましたか?」
- 障壁に対して、メンティー自身に解決策を考えさせる問いかけを行う。「その状況を改善するために、どのような選択肢が考えられますか?」「私に何かできることはありますか?」
4. 実践後のセッションにおける「振り返りと次への接続」
実践した結果をセッションで詳細に振り返り、そこから新たな学びを得て、次の行動に繋げます。
- コミュニケーションの勘所:
- 「前回のセッションで話した〇〇の取り組みについて、結果はどうでしたか?」と確認する。
- 成功・失敗に関わらず、実践から得られた具体的な学びや気づきを言語化させる。「今回の経験から、どのような学びが得られましたか?」
- うまくいかなかった場合は、原因分析をサポートし、改善策を共に検討する。「なぜ〇〇は想定通りに進まなかったのでしょうか? 次に試すとしたら、どのようにアプローチを変えますか?」
- 実践で得た学びを、当初の目標や、さらにその先の成長にどう繋げるか話し合い、次の具体的な行動を再設定する。
組織・上司との連携による実践サポート
メンティーの職場での実践には、本人の努力に加え、周囲の理解や協力が必要となる場合があります。メンターは、メンティーの同意を得た上で、必要に応じて人材開発担当者やメンティーの上司と連携し、実践しやすい環境を整えるサポートを検討することが有効です。
- コミュニケーションの勘所:
- メンティーの成長目標や実践内容について、守秘義務の範囲内で共有可能な情報を確認する。
- 人材開発担当者や上司に対し、メンティーの具体的な取り組みや、実践をサポートするために必要な配慮・支援について、効果的な情報提供や働きかけを行う。
- メンティー自身が上司や同僚に協力を求める際のコミュニケーションについて、ロールプレイングなどを通じてサポートする。
まとめ
メンタリングで得た学びを職場での具体的な実践に繋げることは、プログラムの効果を最大化し、メンティーの成長を加速させる上で不可欠な要素です。そのためには、目標設定からセッション中の対話、セッション間のフォローアップ、そして振り返りまで、一貫して「実践」を意識したコミュニケーション設計が重要になります。
人材開発担当者の皆様においては、メンター研修において、単なる傾聴や問いかけといった基本的なコミュニケーションスキルに加え、メンティーの学びを具体的な行動に落とし込み、職場での実践を継続的にサポートするためのコミュニケーション技法を組み込むことを推奨いたします。また、メンター・メンティー・上司・HR担当者が連携し、メンティーの実践を組織として後押しする仕組み作りも、プログラム全体の成功に繋がる重要な取り組みとなるでしょう。
効果的なコミュニケーションを通じて、メンタリングが単なる「良い話」に留まらず、確かな「成長と成果」に結びつくよう、本記事が皆様のプログラム運営の一助となれば幸いです。