メンタリング効果測定を成功させる コミュニケーションの勘所
はじめに
企業におけるメンターシッププログラムの効果を最大化するためには、その効果を適切に測定し、評価することが不可欠です。しかし、メンタリングの効果測定は、定量的な成果だけでなく、参加者の内面的な変化や非公式な関係性の質など、測定が難しい要素も多く含まれるため、その手法に課題を感じている人材開発担当者の方も少なくありません。
本稿では、メンタリングの効果測定において、特にコミュニケーションが果たす重要な役割に焦点を当てます。効果測定のプロセス全体を通じて、メンターとメンティー、そしてプログラム運営側の間の効果的なコミュニケーションがいかに測定の精度を高め、プログラムの改善につなげる鍵となるかについて解説します。
メンタリング効果測定におけるコミュニケーションの重要性
メンタリングの効果は多岐にわたります。メンティーのスキル向上、目標達成、エンゲージメント向上、キャリア発展だけでなく、メンター自身の成長、組織全体の知識移転や文化醸成なども含まれます。これらの多様な効果を捉えるためには、単に事後アンケートを実施するだけでは不十分な場合があります。
ここでコミュニケーションが重要となります。効果測定は、単にデータを収集する行為ではなく、関係者間で「何をもって成功とするか」「どのような変化を目指すか」を共有し、その進捗や結果について対話し、次の行動につなげる一連のプロセスです。このプロセスにおいて、効果的なコミュニケーションは以下のような役割を果たします。
- 測定指標の合意形成: メンターとメンティーが、セッション開始前に「何を達成目標とし、その達成をどのように測るか」を具体的に話し合い、共通認識を持つことで、後々の効果測定がブレなく、かつ当事者にとって意味のあるものになります。
- 定性情報の収集精度向上: 定量的なデータだけでは捉えきれないメンティーの気づきやメンターの経験知、関係性の質といった情報は、対話を通じてこそ引き出されます。
- 測定結果の正確な理解と受容: 測定結果が出た際に、その数値や記述が何を意味するのか、なぜそのような結果になったのかをメンターとメンティーが共に考察し、理解を深めることが、結果を前向きに受け止め、今後の行動につなげるために重要です。
- プログラムへのフィードバック促進: 効果測定の結果やプロセスに関する参加者の声(成功要因、課題、改善提案など)を運営側に効果的に伝えることで、プログラム自体の継続的な改善に役立てることができます。
効果測定を成功させるコミュニケーションのステップ
メンタリングの効果測定を成功させるためのコミュニケーションは、プログラムの開始前から終了後まで、継続的に行う必要があります。ここでは、その主なステップにおけるコミュニケーションの勘所を解説します。
ステップ1: プログラム開始前 - 期待値と目標のすり合わせ
メンターシッププログラムの開始に先立ち、メンターとメンティー、そして運営側の間で、プログラム全体および個別のメンタリング関係に対する期待値をすり合わせることが重要です。特に効果測定の観点からは、以下の点について具体的にコミュニケーションを取ることが推奨されます。
- プログラムの目的と目指す効果: プログラムが全体として何を達成しようとしているのかを明確に伝え、その中でメンタリングがどのような役割を果たすのかを共有します。
- 個別のメンタリング目標: メンティーはメンターと共に、具体的な成長目標を設定します。この時、「何を」「いつまでに」「どのような状態になったら達成とみなすか」を具体的に話し合います。単に「スキルを上げたい」ではなく、「〇〇というスキルを用いて△△ができるようになる」といった具体的な行動レベルでの目標設定が、後々の効果測定を容易にします。メンターは、メンティーがこのような具体的な目標設定ができるよう、適切な問いかけで支援します。
- 具体的なコミュニケーション例:
- メンター:「今回のメンタリングで、最も重点的に取り組みたい目標は何ですか」
- メンティー:「〇〇のスキルを習得したいです」
- メンター:「そのスキルを習得することで、具体的にどのようなことができるようになりますか? あるいは、どのような状態を目指しますか」
- メンティー:「将来的には、そのスキルを使って△△の業務を一人で担当できるようになりたいです」
- メンター:「素晴らしいですね。では、今回のメンタリング期間が終わるまでに、その目標に対してどこまで進捗したいですか? 例えば、入門レベルを習得する、簡単なタスクで使えるようになる、など、具体的なレベル感を話し合えませんか」
- 具体的なコミュニケーション例:
- 効果測定の方法とフィードバックのタイミング: 運営側は、どのような方法(アンケート、インタビュー、報告書など)で、いつ頃、誰から情報を収集するのかを事前に参加者に伝えます。また、その結果がどのように活用されるのか(例:プログラム改善、個別のフィードバックなど)を説明することで、参加者の協力や測定に対する意識を高めます。
ステップ2: メンタリングセッション中 - 進捗の確認と定性情報の収集
メンタリングセッションそのものが、最も重要なコミュニケーションの場です。この中で、目標に対する進捗を確認し、定性的な効果情報を収集します。
- 目標に対する進捗の対話: 各セッションの冒頭や終盤で、設定した目標に対する進捗についてメンターとメンティーが共に振り返ります。うまくいっている点、課題となっている点、次に取り組むべきことなどを話し合います。
- 気づきや変化の共有: メンターはメンティーに対し、単に目標達成度だけでなく、メンタリングを通じてどのような気づきがあったか、考え方や行動にどのような変化があったかなどを問いかけます。メンティーの語りを深く傾聴することで、測定シートだけでは捉えきれない貴重な定性情報を得ることができます。
- 具体的なコミュニケーション例:
- メンター:「前回のセッションで話し合った〇〇について、何か新しい発見や、試してみて感じた変化はありましたか」
- メンティー:「はい、アドバイスいただいた方法でやってみたら、以前より効率が上がったように感じます」
- メンター:「それは素晴らしいですね。効率が上がったと感じるのは、具体的にどのような点ですか? 何か意識を変えたことはありますか?」
- メンティー:「はい、△△という点に注意するようになったら、無駄が減った気がします。メンターさんとの会話で、そこが重要だと気づかされました。」
- 具体的なコミュニケーション例:
- ジャーナリングの推奨と共有: メンティーにメンタリングに関する気づきや学びをジャーナル(日誌やメモ)に記録することを推奨し、必要に応じてセッション内でその一部を共有してもらうことも、定性的な効果を捉える上で有効です。
- メンター間の情報交換(運営側主導): 複数のメンターがいる場合、運営側はメンター同士が定期的に集まり、メンタリングの進捗や共通の課題、成功事例などを共有する場を設けることが有効です。これにより、個々のメンタリングの効果を高めるヒントが得られるだけでなく、プログラム全体の改善点が見えてくることがあります。
ステップ3: プログラム終了後 - 総合的な評価とフィードバック
プログラム終了後に行われる効果測定は、プログラム全体および個々のメンタリング関係の成果を総合的に評価し、今後の改善につなげるための重要な機会です。
- アンケートやインタビューによる情報収集: 運営側は、事前に周知した方法で参加者から情報を収集します。アンケートの設問設計にあたっては、目標達成度、スキルの変化、エンゲージメントの変化、メンターとの関係性の質、プログラムへの満足度など、多角的な視点を含めることが重要です。インタビューは、アンケートでは得られない深い洞察や背景情報を引き出すのに有効です。
- 測定結果のフィードバック: 収集したデータを分析し、その結果を参加者(メンター、メンティー)および関係部署(経営層、事業部門など)にフィードバックします。この時、単にデータを提示するだけでなく、そのデータが何を意味するのか、どのような示唆が得られるのかを分かりやすく解説することが重要です。ポジティブな結果は成功要因を共有し、課題が見られる場合は具体的な改善提案と共に提示します。
- 総括セッションや報告会: プログラム終了後、メンターとメンティーが共にメンタリング期間全体を振り返る総括セッションの機会を設けることも有効です。目標達成度、印象に残った学び、今後の課題などを話し合います。運営側は、参加者全体を対象とした報告会を開催し、プログラム全体の成果や今後の展望を共有することで、エンゲージメントを維持・向上させることにも繋がります。
- 改善のための対話: 効果測定の結果を踏まえ、運営側はメンターやメンティーからプログラム改善に向けた具体的な意見や提案を収集するための対話の場を設けます。フォーカスグループインタビューやワークショップ形式の会議などが考えられます。これにより、参加者のニーズをより正確に把握し、次期プログラムの質向上につなげることが可能となります。
効果測定を妨げるコミュニケーションの課題とその対応
効果測定におけるコミュニケーションは常に円滑に進むとは限りません。よく見られる課題と、それに対する対応策を以下に示します。
- 課題: メンター・メンティーが効果測定の意義を理解しておらず、協力的でない。
- 対応: プログラム開始時に、効果測定が参加者自身の成長やプログラム改善にいかに繋がるかを丁寧に説明し、意義を共有します。測定結果を具体的にどのように活用するかを透明性をもって伝えます。
- 課題: メンティーが、メンターや運営側に対してネガティブなフィードバックを伝えにくいと感じている。
- 対応: 心理的安全性を確保するためのコミュニケーションを日頃から心がけます。匿名でのアンケートや、信頼できる第三者(運営担当者など)を経由したフィードバックチャネルを設けることも検討します。フィードバックは個人攻撃のためではなく、あくまでプログラムや関係性改善のためであることを強調します。
- 課題: 測定結果が抽象的で、具体的な改善策に繋がりにくい。
- 対応: 目標設定の段階から、より具体的で測定可能な指標(行動目標など)を設定できるよう支援します。定性情報の収集においては、単なる感想だけでなく、具体的なエピソードや事実を語ってもらえるような問いかけを工夫します。
結論
メンタリングの効果測定は、単に数値や報告書を作成するプロセスではなく、関係者間の継続的なコミュニケーションを通じて、メンタリングの価値を可視化し、その実践を改善していくための活動です。目標設定における共通認識の形成、セッション中の深い対話、そして結果の適切なフィードバックといった各段階での効果的なコミュニケーションが、測定の精度と、そこから得られる示唆の質を大きく左右します。
人材開発担当者の皆様には、効果測定の手法設計に加えて、そのプロセス全体におけるコミュニケーション設計に注力していただくことを推奨いたします。メンター、メンティー、そして運営側が互いにオープンかつ建設的に対話できる環境を整備することが、メンターシッププログラムの効果を最大限に引き出し、組織全体の成長に貢献するための重要な一歩となるでしょう。
本稿が、皆様のメンターシッププログラムの効果測定とコミュニケーション改善の一助となれば幸いです。