メンター・メンティー双方のエンゲージメント向上 コミュニケーションの設計ポイント
はじめに
企業におけるメンターシッププログラムは、若手育成、キャリア開発、組織文化の醸成において重要な役割を担っています。しかし、プログラムを導入しただけで期待通りの効果が得られない、あるいは途中でメンター・メンティー間の関係性が停滞してしまうといった課題に直面することも少なくありません。こうした課題の根源には、参加者であるメンターとメンティー双方の「エンゲージメント」の維持・向上が挙げられます。
エンゲージメントとは、単にプログラムに参加しているだけでなく、その目的やプロセスに積極的に関与し、貢献しようとする意欲や状態を指します。メンター・メンティー双方のエンゲージメントが高い状態であれば、対話はより活発になり、深い信頼関係が構築され、プログラムから得られる成果も大きくなります。
本記事では、メンターシッププログラムにおけるエンゲージメントの重要性を再確認し、特にコミュニケーションの観点から、メンター・メンティー双方のエンゲージメントを高めるための具体的な設計ポイントについて解説します。
メンター・メンティーのエンゲージメントが低下する要因
なぜ、メンター・メンティーのエンゲージメントは低下してしまうのでしょうか。そこには、以下のような要因が考えられます。
- 期待値のずれ: 事前の説明不足や認識の相違により、メンターとメンティーの間でプログラムの目的や進め方に関する期待値がずれている場合、活動へのモチベーションが低下します。
- 目標設定の不明確さ: 何を目指すのか、どのような成果を期待するのかが曖昧であると、具体的な行動に繋がらず、活動が形骸化しやすくなります。
- 対話の質の低下: 定例会の内容が形式的になったり、一方的な話になったり、傾聴が不足したりすると、対話から得られる価値を感じられなくなり、関心が薄れます。
- 進捗の可視化不足: 活動の成果や変化が実感できない、あるいは組織から認識されない場合、努力が無駄に感じられ、エンゲージメントが低下します。
- 組織からのサポート不足: プログラムに対する組織の関心が低い、必要な情報やリソースが提供されないといった状況も、参加者の意欲を削ぐ要因となります。
これらの要因の多くは、メンターとメンティー、そして組織側の「コミュニケーション」のあり方に深く関連しています。効果的なコミュニケーションを意図的に設計することで、これらの課題を軽減し、エンゲージメントを高めることが可能になります。
エンゲージメントを高めるコミュニケーションの設計ポイント
メンター・メンティー双方のエンゲージメントを向上させるためには、プログラムの各段階において、コミュニケーションの質を高めるための具体的な設計と実践が重要です。
1. プログラム開始時の設計
メンターシップの成功は、最初の段階での丁寧なコミュニケーションにかかっています。
- 期待値調整の対話:
- ポイント: プログラム開始時に、メンターとメンティー双方で「このプログラムを通じて何を達成したいか」「どのような関係性を築きたいか」「どれくらいの頻度で、どのような形式で会うか」などを率直に話し合う機会を設けることが重要です。
- 実践例: 初回顔合わせの際に、人材開発担当者から提供されたガイダンスを基に、互いの期待や懸念事項を共有する時間を意図的に設けます。「このプログラムで特に力を入れたいことは何ですか」「逆に、これは避けたいということはありますか」といった問いかけを通じて、相互理解を深めます。
- 目標設定の協働:
- ポイント: メンティーの成長を支援する具体的な目標を、メンティーが主体となり、メンターが伴走する形で設定します。目標が明確であるほど、その後の活動に対するモチベーションが維持されやすくなります。
- 実践例: メンティーのキャリアプランや短期的な課題に基づき、具体的(Specific)、測定可能(Measurable)、達成可能(Achievable)、関連性がある(Relevant)、期限がある(Time-bound)といったSMART原則などを参考に、目標設定の対話を行います。「この目標を達成するために、どのようなステップが考えられますか」「その進捗をどのように測りますか」といった具体的な問いかけが有効です。
- 対話のルール・形式の合意形成:
- ポイント: 定例会の頻度、1回の時間の長さ、オンラインか対面か、事前の連絡方法、アジェンダの決め方など、コミュニケーションの基本的なルールについて合意しておきます。これにより、無用なストレスや誤解を防ぎます。
- 実践例: 「月に一度、1時間程度を目安に対話する」「事前にメンティーから話したいテーマを共有する」「連絡はチャットツールで行う」など、具体的な運用方法を話し合い、必要に応じて柔軟に見直すことも伝えておきます。
2. 継続期間中の設計
活動が軌道に乗ってからも、エンゲージメントを維持・向上させるためのコミュニケーションが不可欠です。
- 定期的な進捗確認と軌道修正の対話:
- ポイント: 設定した目標に対する進捗を定期的に確認し、必要に応じて目標やアプローチを調整する対話を行います。これにより、活動の停滞を防ぎ、現実的な課題解決に繋げます。
- 実践例: 定例会の冒頭で「前回の目標に対する進捗状況はいかがですか」「現在、どのような点につまずきを感じていますか」といった問いかけから始めます。計画通りに進んでいない場合も、原因を追究するのではなく、「次にどのような小さな一歩を踏み出せますか」のように、前向きな解決策を模索する姿勢が重要です。
- 成果だけでなくプロセスへの注目と承認:
- ポイント: 目標達成そのものだけでなく、そこに至るまでのメンティーの努力、学び、変化といったプロセスにも注目し、ポジティブなフィードバックを積極的に行います。これはメンティーの自己肯定感を高め、さらなる意欲を引き出します。メンター自身の貢献感も高まります。
- 実践例: 「先週の〇〇という行動は、目標達成に向けて非常に良いステップですね」「〇〇さんの考え方が、この△△の経験を通じて明らかに変化しているように感じます」のように、具体的で誠実な言葉で承認を伝えます。
- 課題や停滞感の早期発見と解決に向けた対話:
- ポイント: メンティーが抱える悩みや不安、プログラムに対する疑問や不満などを早期に引き出すための対話を心がけます。メンター自身の困りごとについても率直に話せる関係性が望ましいです。
- 実践例: 「最近、何か困っていることはありますか」「このメンターシップについて、正直にどう感じていますか」といったオープンな問いかけや、非言語的なサイン(表情、声のトーンなど)への配慮が重要です。問題が顕在化した場合も、一方的に解決策を与えるのではなく、メンティー自身が解決策を見つけられるようにサポートする姿勢(コーチング的なアプローチ)が有効です。
- メンティーの主体性を引き出す問いかけ:
- ポイント: メンターが答えを与えるのではなく、メンティー自身が考え、気づきを得られるような問いかけを重視します。これにより、メンティーの能動的な学習と成長を促し、プログラムへのオーナーシップを高めます。
- 実践例: 「あなたなら、この状況をどう乗り越えますか」「この経験から、どのようなことを学びましたか」「次に試してみたいことは何ですか」といった、メンティーの思考を深める問いかけを意識します。
- メンター自身の学びや気づきを共有する対話:
- ポイント: メンターが自身の経験や学びを適度に共有することで、メンティーはメンターをより身近に感じ、信頼感を深めます。また、メンター自身も自身の経験を振り返る機会となり、メンターとしての成長ややりがいを感じやすくなります。
- 実践例: 「私自身も過去に同じような経験があり、その時は〇〇ということに苦労しました」「△△さんとの対話から、私自身も××という気づきを得られました」のように、一方的なアドバイスではなく、自己開示や共感を示す形で経験を共有します。
3. プログラム終了時の設計
プログラムの締めくくり方も、参加者のエンゲージメントや今後の行動に影響を与えます。
- 成果の振り返りと評価の対話:
- ポイント: 設定した目標に対する達成度や、プログラム全体を通じて得られた成果(スキル向上、視点の変化、ネットワーク構築など)を共に振り返り、評価します。形式的な報告だけでなく、メンティー自身が実感としてどのような成長を得られたかに焦点を当てます。
- 実践例: 「この数ヶ月間で、ご自身が最も成長したと感じる点は何ですか」「プログラム開始前と後で、考え方や行動にどのような変化がありましたか」といった問いかけを通じて、メンティー自身の言葉で成果を語ってもらう機会を設けます。
- プログラム終了後のネクストステップに関する対話:
- ポイント: プログラムで得た学びを今後どのように活かしていくか、継続して取り組んでいきたい課題は何かなど、終了後の行動計画についても話し合います。これにより、プログラムが単なる一過性のイベントで終わるのではなく、持続的な成長に繋がることを促します。
- 実践例: 「この経験を活かして、今後具体的にどのようなことに挑戦したいですか」「もし必要であれば、今後も informal な形で連絡を取り合うことは可能ですか」のように、今後の関係性や行動を具体的に検討します。
- 感謝の表明:
- ポイント: メンター、メンティー双方から、互いへの感謝やプログラム運営への感謝を伝える機会を設けます。ポジティブな感情で締めくくることは、双方にとって良い経験となり、メンターとしての今後の意欲や、メンティーのプログラム全体に対する満足度を高めます。
- 実践例: 最終対話の最後に、互いに感謝の言葉を伝え合います。また、人材開発担当者からメンターへの正式な感謝の表明や、メンティーからのフィードバックを収集する仕組みも重要です。
組織側の支援とコミュニケーション
メンター・メンティー間のコミュニケーション設計に加え、組織側の適切な支援とコミュニケーションも、全体のエンゲージメントレベルを左右します。
- メンター・メンティー双方への定期的なフォローアップ:
- ポイント: 人材開発担当者が定期的にメンターやメンティーに個別に声かけを行い、プログラムの進捗状況、困りごと、要望などをヒアリングします。これにより、早期に課題を発見し、必要なサポートを提供できます。
- 実践例: 四半期に一度、個別面談やアンケートを実施し、「メンタリングは順調に進んでいますか」「何か組織にサポートしてほしいことはありますか」といった質問を投げかけます。
- メンター研修におけるエンゲージメント向上コミュニケーションの組み込み:
- ポイント: メンター向けの研修コンテンツに、傾聴スキル、効果的な問いかけ、フィードバックの技術、期待値調整の方法など、エンゲージメントを高めるための具体的なコミュニケーションスキルに関する内容を盛り込みます。
- 実践例: 座学だけでなく、ロールプレイングやグループワークを通じて、実践的なコミュニケーションスキルを習得できる研修プログラムを設計します。
- 成功事例の共有:
- ポイント: プログラム内で生まれたポジティブな変化や成果を社内全体や参加者間で共有することで、プログラムの価値を可視化し、参加者のモチベーションを高めます。
- 実践例: 社内報やイントラネットでメンタリングの成功事例を紹介したり、参加者向けのイベントで体験談を発表してもらう機会を設けたりします。
- メンターへの承認・評価:
- ポイント: メンターの貢献を組織として正式に承認し、可能であれば人事評価や昇進に繋がる仕組みを検討します。メンターの役割が評価されることで、メンター自身のエンゲージメントが向上し、ロールモデルとしての魅力も増します。
- 実践例: メンターリング活動を評価項目に加える、社内表彰制度でメンター部門を設ける、経営層からメンターへの感謝を伝える場を設けるなどの方策が考えられます。
まとめ
メンターシッププログラムの効果を最大化するためには、メンターとメンティー双方のエンゲージメントを高いレベルで維持・向上させることが不可欠です。そして、その鍵を握るのは、プログラムの各段階における意図的なコミュニケーション設計と、それを支える組織からの継続的なサポートです。
期待値調整、目標設定、日々の対話、成果の振り返り、そして組織からの支援。これらの要素をコミュニケーションの視点から見直し、具体的なアクションとしてプログラムに組み込むことで、より多くのメンター・メンティーが、メンターシップを通じて価値を実感し、主体的に関与する状態を生み出すことができるでしょう。
人材開発担当者の皆様におかれましては、ぜひ本記事で述べたコミュニケーションの設計ポイントを参考に、貴社のメンターシッププログラムをさらに活性化させるための一歩を踏み出していただければ幸いです。